パラサイト・イヴ

「パラサイト・イヴ」

パラサイト・イヴ [DVD]

 

あらすじ

生化学者・永島の妻である聖美が交通事故に遭い死亡、腎バンク登録をしていた聖美からは腎臓が摘出される。 絶望する永島だったが検視官である友人・吉住に頼み込み聖美の肝細胞を秘密裏に入手し培養を始める。

Eve1と名づけられた聖美の肝細胞は驚くべき早さで増殖し、ついには自力で培養槽を抜けだし増殖の増進剤を手に入れようとする。その瞬間に偶然居合わせた永島の学生の朝倉はEve1に体を乗っ取られる。朝倉に乗り移ったEve1は学会の講演にてミトコンドリアの人間界への進出を宣言し会場を焼き払い大学へ逃亡。永島はそれを追うがEve1に誘惑され精子を奪われる。

Eve1は聖美の腎臓を移植された少女・麻理子の体と永島の精子を用いて完全な生命体を誕生させようと画策していた。病院にて麻理子を襲い受精卵を植え付けることに成功した。永島、吉住、麻理子の父が駆けつけた時には既に完全生命体・イヴは生まれ、人々に対する攻撃を始める。永島はイヴを止めるためにイヴと融合し消滅させることを決断する。

Wikipedia

レビュー

ミトコンドリア遺伝子をテーマにしたSFホラー映画。

原作は瀬名秀明のデビュー作となったホラー小説「パラサイト・イヴ」

 

学校でミトコンドリアとかを習っても覚えていない人もいるだろう。

序盤はそういった人に理解させるためにしっかりと専門的な事柄を説明しているのは好印象。

それと随所に入るピアノのBGMは素晴らしい。

観終わった後に気付いたのだが音楽担当はあの久石譲。

音楽が良いのは当然だったというわけだ。

 

前半部分で気になったのは手術シーンだ。

病院のシーンではなぜか鮮やかな赤の手術衣を着用している。

手術中に出血した血液の赤色を長時間見ていると、補色残像という現象が起こる。

視界がぼやけたり色が変わって見えたりしてしまうのだ。

それを和らげるために青緑色のような色の手術衣を着用するのが通常だ。

しかしここでは鮮やかな赤の手術衣だ。本来ならありえないはず。

あのシーン自体は特別に恐怖を煽ったり狂気性を強調するシーンではないし、

真っ赤な服というのは普通に見ても不自然だろう。意図がわからない。

 

監督は落合正幸ということで、ホラー的な雰囲気は全体を通してよく作られている。

ただ薄暗いだけではなく、照明に緑や青や赤といった原色を上手く使ったり、

三上博史が狂っていく過程などもホラーを上手く演出出来ていると感じる。

ラストの病院でのシーンはややチープなお化け屋敷のような印象を受けたが。

ただ時折現れるCG映像には興ざめするだろう。

せっかく雰囲気を出せていてもクオリティの低いCGでは盛り下がる。

液体のCGは難しいと聞いたこともあるが、

90年台の後半であるなら、他の映画や画像を見ても

もう少しまともなCGを作れたはずだと思える。

人体が燃える描写も、人物の上に炎を適当に被せて

ただ悲鳴を上げているだけといったような印象だ。

 

終盤、Eve1(葉月里緒奈)が麻里子を抱えて病院から逃げようとするシーンでは、

Eve1はなぜか浮きながら移動するのだ。

人間の身体の形をして、足もちゃんとあるんだからしっかり歩いてほしい。

発火現象はそれなりの説明があるので良いのだが、

ホバリングについては特に説明は無い。

人外感や神々しさのようなものを演出したかったのだろうが、

それならば特殊メイクを使い、ゲーム版「パラサイト・イヴ」のように、

人外感を演出したほうが良かったのではないだろうか。

 

また同じく終盤の病院のシーンではやたらとハイテクな防犯・防火設備を駆使して

Eve1の逃亡を阻止しようとするが、さすがにハイテク過ぎやしないだろうか。

ただの病院なのだが熱感知による追跡や、

3Dマップを使って位置関係を把握できる設備というのはいささか突飛すぎる。

さらにその機械はEve1によって破壊されてしまうのだが、

ここまで来るとなんでもありだなという印象しか受けない。

発火現象は体内のミトコンドリアを異常なまでに活発化させるという説明がなされている。

しかし、機械を故障させたり、供給される電力を不安定な状態にしたりなど、

他にも色々ツッコミどころはあるのだが、ファンタジーの領域がとにかく目立つのだ。

SFというジャンルは科学とファンタジーを両立させることが大事だと思う。

あまりにもガチガチな理詰めサイエンスだと

それはそれでコアなファンも付くだろうが、万人受けは難しいだろう。

あまりにもファンタジー寄りにすれば、SFにする必要はなく、

メルヘンチックなおとぎ話のようにしてしまえば良いわけで、

中途半端なバランスではどっち付かずで滑稽に見えて仕方がない。

 

エンディングの回想シーンからのエンドロールは音楽との相乗効果もあり、

とても壮大な映画を観終わったかのような満足感を味わえるのは良かった。

秒速5センチメートル

「秒速5センチメートル」

秒速5センチメートル 通常版 [DVD]

監督:新海誠
原作:新海誠

キャスト

遠野貴樹(CV:水橋研二)
篠原明里(CV:近藤好美)(第1話「桜花抄」)
澄田花苗(CV:花村怜美)(第2話「コスモナウト」)
篠原明里(CV:尾上綾華)(第3話「秒速5センチメートル」)

あらすじ

小学校の卒業と同時に離ればなれになった、遠野貴樹と篠原明里。そのとき、二人の間には二人だけの特別な想いが存在していた。しかし、無情にも時だけが過ぎてゆく……。そんな日々を重ねたある日、ついに貴樹は明里に会いに行くことを決意。訪れた約束の日、チラホラと舞う雪がスピードを増し、辺りを白く包んで行った……。

シネマトゥデイ

 

レビュー

新海誠監督の作品。映画「君の名は。」が大ヒットしていたようなので、この作品も観てみることにした。
ちなみに「君の名は。」は心を動かされるほどではないが、エンタメとしてはまあ十分に楽しめたといった感想だ。

全体の構成としては3話構成となっている。
1話「桜花抄」、2話「コスモナウト」、3話「秒速5センチメートル」。
1話「桜花抄」は小学校時代から中学校時代にかけての淡い青春を描いたもの。
2話「コスモナウト」は高校生時代、遠野貴樹に恋心を抱く澄田花苗と、篠原明里とは徐々に疎遠になっていく遠野貴樹の話。
3話「秒速5センチメートル」は大人になりもう2人の関係も無く、心にハリをなくした遠野貴樹と結婚した篠原明里の話。

まず主人公である遠野貴樹には全く共感できないようなキャラクターだ。
恋愛モノとして作品を作ったのだからある程度は共感できるような身近な要素がマストだと思うのだが、
主人公は暗くウジウジしていて感情的に抑揚のない人間として描かれており、2話では明らかに好意を寄せてくれている同級生に中途半端な態度をとったりする。
二人きりでいつも下校したり表面的には仲良くしているにもかかわらず、明らかに壁を作り心の内側を見せない主人公。
そこまで極端に篠原明里を想っているのなら、積極的にコンタクトを取れるだけの精神的エネルギーはあるはずだし、結局はそこまでじゃなかったのかなと思わされる。
にもかかわらず3話で大人になってからもずっと忘れられずに引きずる主人公。意味がわからない。

そしてストーリーの内容が表面的すぎる。中身の深い所やテーマ性といったものは感じられなかった。
ただ淡い恋心を引きずった男性ときっぱり切り替えて新しい道へと進む女性というだけである。
引きずりやすく新しい恋愛へと発展しにくい男性と、切替の早く新しい恋愛に向かう女性という構図をテーマに取り上げているのだとしたら、自分には理解できない。
引きずりやすい男性と切替の早い女性というイメージは、個人的には大まかな傾向として存在するような気がすると言えなくもない。
もちろん個人一人一人でのレベルでの話では、さっぱりした男性や引きずりまくる女性も沢山いるだろう。
もし仮にこのようなテーマで描いているのだとしたら、女性差別だとかLGBTがどうだとか、非常に、かつ過剰に取り上げられやすい問題となっている。
こうしたセンシティブな問題において、男性らしさ、あるいは女性らしさなどという言葉を使うこと自体を咎められる可能性すらあるのだ。
そんな中でこんなテーマを取り上げているとしたらナンセンスだ。
またタイトルの「秒速5センチメートル」とキャッチコピーである「どれほどの速さで生きれば、きみにまた会えるのか」から
「人間の生きる速さ」といったテーマが描かれているのかとも推察できる。
確かに主人公と篠原明里の生きる速度やテンポ・リズムは違うのかもしれない。
だがそれならば、もう少し生きる速度に関する描写を多くしてほしかったという印象だ。
時折入る長さや距離の表現、2話の「秒速5キロ」や3話のメールで「1センチも…」のセリフがあるが、生きる速度とは直接関係の無い場面である。
もし「生きる速度」がテーマであってたとしても、それに関する描写が少なすぎてこの作品を観てすぐにそのテーマが伝わるとは思えない。

そもそもこういうテーマだったり、何か壮大なストーリーを作らずにただ感傷的なシーンをメインに描きたかっただけなのだろうか。
それにしては臭すぎるように思える。1話はありがちではあるものの、相思相愛になったりするシーンは良い。
しかし2話では篠原明里を想い続けることを微塵も隠さない主人公。そして中途半端な言動に振り回される同級生。
そして3話では対照的な2人を描く。引きずる主人公の不幸さ、惨めさと、結婚して良い思い出に昇華した篠原明里の幸福さ。
このギャップに加えて、山崎まさよしの楽曲「One more time, One more chance」が流れる。
正直、3話では山崎まさよしの曲の良さでカバーできてるといった印象だ。


緻密な風景描写と楽曲の良さで圧倒され、主人公の不幸さが際立つのだがやりすぎだ。
これでもかと主人公を惨めにさせる雰囲気だ。
さらに全体を通して登場人物の心の中の声が随所に入るが、言い回しがポエムっぽくて好きになれない。
これらは個人の好みによる所が大きいのは承知しているが、個人的には臭すぎると思えて面白みを感じられない。

登場人物の心情や言動に関する描き方、ストーリーの構成なども含めて、恋愛観をこじらせたような、
新海誠監督の思い込み、あるいはこうあってほしいなどといった思想が透けて見えてしまうようでどうしても好きになれない。

逆に上記に挙げられたことが気にならないのであれば、好みに合致するのであれば、
美しくロマンチックなお話として没入感や共感といったものが増幅されて作品を楽しめるだろうと思う。

 

良かった点

なんと言っても自然風景や都会の風景の緻密さ、美しさが、色彩などが良い点だ。
特に自分は都会の風景や建物、生活感のある住居の外観や電柱・電線などを含めた人工物による風景が好きで、何とも表現しきれない興奮を覚えるのだ。
これは個人の好みであるのだが、非常に満足できる内容だ。
宇宙や星といったものも綺麗だと思うし好きなのだが、この作品においては若干過剰な描写と感じた。

篠原明里の声は1話・3話共に、暖かみのある、優しく可憐な声で純情さを感じる声でとても好印象だ。
声優は1話と3話で違うのだが、1話は幼さを感じられ、3話は1話の頃の声・喋り方を崩さず大人の落ち着きのある声で、かつ違和感が無いのは良かった点だ。
アニメーションだからといってキンキン声にならなくて本当によかった。

サバイバルファミリー

「サバイバルファミリー」

サバイバルファミリー DVD

公式サイト http://survivalfamily.jp

監督 矢口史靖
出演 小日向文世, 泉澤祐希, 葵わかな, 深津絵里

登場人物

鈴木家 父・義之(小日向文世)、母・光恵(深津絵里)、息子の賢司(泉澤祐希)、娘の結衣(葵わかな)

予告編

 

あらすじ

東京に暮らす平凡な一家、鈴木家。さえないお父さん(小日向文世)、天然なお母さん(深津絵里)、無口な息子(泉澤祐希)、スマホがすべての娘(葵わかな)。
一緒にいるのになんだかバラバラな、ありふれた家族…。そんな鈴木家に、ある朝突然、電気を必要とするすべてのライフラインが完全にストップするという緊急事態が発生する。
果たして、サバイバル能力ゼロの平凡一家は電気がなくなった世界で生き延びることができるのか!

 

レビュー

全体の評価としては雑な作りという印象を受けた。
映画のタイトルにサバイバルと名付けたのだから、もう少し現実的に描いてほしかった。
無茶な描写が多く見受けられ、これではファンタジーすぎるように思える。
後述するのだが、監督は都会の人間が、たいして目算も立てずに突然脱出だと言って家を飛び出したら、どんな目に遭うかということが、観客に体験してほしいことでした、と述べている。
だったらもうちょっとリアリティが欲しい。普通ならこの一家は何回かは死んでいる。

そしてこの映画のジャンルはコメディとされているのだが、全体を通してシリアスとコメディが入り混じっている。
そのバランスが良いという人もいるのだろうとは思うが、うろたえる人々の滑稽さから、
水を盗むなどのシーンがあったかと思えば、飼い犬を置き去りにして逃げる家族や、
律儀に食料を分けて助け合ったりなど、チグハグだと感じる場面や状況が数多くあった。

主要キャスト(鈴木家以外)のほとんどの役者の演技がひどすぎる。特にマンションでの集会のシーンなんてひどいなんて物ではない。
そのシーンは構図などの演出も含めて急にクオリティが低くなっていると感じる。小学校の学芸会を彷彿とさせるような演技でこっちが恥ずかしくなってくる。

細かいツッコミ

※こういう事は監督が描きたいものではないという事はわかったうえで敢えて書いています。
※書ききれていないものもあります。

  • 原発がメルトダウンして大事故を起こすはず。
  • およそ3時6分頃に謎の現象が発生したようだが、どこも交通事故等が起こっていない。

—時系列順の細かいツッコミ—

-初日~2日目
街中で停電となり、全ての電化製品が使用不能になっている。
電池を使っている物もすべて使用不能になっている時点で太陽フレアしかないと思うのだが、それほど馴染みのない事柄だろうか。
停電だとか、オーロラがどうだとか、通信網が破壊されるなどというニュースは近年は数年おきに目にすると思うのだが…。
まあ最後にすべて復活するので太陽フレアではないのだが…。

夜中に一家で星空を見上げるシーンでは娘・結衣が「天の川って実在するんだ!」と言う。
これは流石にに今どきの高校生をバカにしてるような描写ではないだろうか。

-3日目
初日は父・義之は出社、娘・結衣と息子・賢司は登校するが、こんな事態でもほとんどの人は出社したり登校したりはするだろうなとは思う。
ただ3日目以降も出社・登校していられる場合では無いと思う。あまりにも非現実的すぎる。

ここで息子・賢司は片思いしていると思われる中村里美の家に向かうが、友人の男と一緒にいるところを目撃してしまう。
賢司が知らないだけで、家族ぐるみ?で付き合いがあったようだ。
そしてこのシーン以降、里美やその彼氏どころか、この話題自体一切出てこないのである。
このシーンは何のために撮ったのだろうか、疑問が残る。
あと里美の住所確認のためのはがきには「崎玉県」と書かれている。埼玉は元々はこの漢字らしい。
しかしわざわざこの漢字を使った意図や思想があるのだろうか。ちょっと気になる。

-7日目以降

マンションの集会シーン後、父・義之は空港に向かうと言い出す。
信じられない。まともに電気も使えず苦労しているのにその発想はなかなか出て来るものではない。
本当に動いてると思っているならどうかしてる。
またいざ出発するシーンで父の「今更つけまつげなんていらないだろ~」というセリフと、
その直後の徐々に水の値段が高くなっていき、最終的に母・光恵が値切るシーンはコメディらしくて好印象。

自分は知らないのだが、東日本大震災では関東・東北はこのような状況が本当にあったようで、当時を体験した人には笑えないだろうとは思うが。

最初の2~3日は大丈夫かもしれないが、そろそろ略奪や物資の奪い合いによる死傷者が出る頃だと思われる。
一家はPA付近で野宿をするが、夜中に水を1本取られてしまう。
が、さすがに野宿なんかしてたらただでは済まないだろう。水1本で済むわけがない。

トンネルのシーンでは白杖をもった盲目の老いた女性達がトンネル渡しをやっており、中には止まった車や狸の死骸があるのでロクに進めないらしい。
長さは2.5キロ。さすがに明かり無しでは厳しいが、その対価はお米か水、どちらも貴重である。火を起こして照らすという考えは無かったのだろうか。
そして盲目の老いた女性の集団なんて真っ先に襲われる対象になるのではないだろうか。
もちろんコメディであり、監督もそういった血生臭い事を描きたいわけではないのはわかる。
わかるのだがどうしても気になってしまう。

-16日目以降
川の水を飲み、下痢になる父・義之。飲める水が無い状態で下痢になんてなったらあっという間に死んでしまうのではないだろうか。
幸い、キャットフードとバッテリー用の精製水を獲得したので生き延びられたのだろう。

-22日目
ここで飲水が枯渇。次の場面では大阪に到着して43日目となる。

-43日目
22日目辺りで無くなった飲水。どうやって生き延びられたのだろう。
その後、水族館で展示されている魚などを使い、炊き出しを行っている場所を発見する。
しかしちょうど目の前で全て終了して食事にはありつけない。
だがしかし、ここで既に電化製品が使えなくなって43日間経過している。装置による維持やエサなどの世話が無い状態で生きられる魚類はどれだけいるのだろうか。

-67日目
どうやってここまで生き延びられたのだろうか…。少なくとも22日目からまともな飲水はないが、一家は元気そうでなによりだ。

ここでは一家が養豚場から逃げたブタを偶然見つけて捕まえる。しかしすぐにそのブタを所有する養豚場の老人に見つかってしまう。
この老人は家事の手伝いやブタを捕まえる手伝いをさせるために自分の家へと連れていく。
そしてこの老人は最後に一緒に住まないかなどと提案する。はっきり言って正気の沙汰ではない。
自分のブタを勝手に殺されたものの、その家族4人に水と食事と寝床を提供する。
人が良すぎる、純朴だなどという言葉では説明できないほどの人物になってしまっている。

-94日目
貰ったお肉を食べながらレールの上を歩く一家。
ここで犬が1匹現れるのだが、なんと娘・結衣はそのお肉で犬を呼び寄せようとしているのだ。
極限まで飢餓を経験しているはずなのだが、この期に及んでもまだ危機意識が無いらしい。

結果的にお肉は取られてしまい、今度は犬の大群が現れてピンチ!
というときに謎の蒸気機関車が出現。なぜSLが走っているのか…。

そしてその後、はぐれた父・義之と再会。
義之は線路の近くでぐったり、走行中のSLを見つけ、持っていた発煙筒を振る。
車内にいる母・光恵が運良く見つける。
フィクションなのでご都合主義は多少なりとも受け入れられるが、流石にこれは奇跡すぎる。

-108日目
鹿児島についたようだが、なぜ真っ先に海岸に向かったのだろうか。
まあ海岸での再会のほうが画としては良いとは思うが…。

映画を観終わって

コメディなのでリアリティが無いなら無いでも良かったのだが、あまりにも突飛な演出、つなぎ方で物語の中に入り込めない点がよろしくない。
また登場人物の頭を悪くすることによってどうにか組み立てた・構成した感がある。

『サバイバルファミリー』矢口史靖監督インタビュー「“水族館=魚介類バイキング”という長年の夢が叶いました」http://top.tsite.jp/news/cinema/o/37700244/index
サバイバル能力や知識、ツールも持っていないであろう都会の人間が、たいして目算も立てずに突然脱出だと言って家を飛び出したら、どんな目に遭うかということが、観客に体験してほしいことでした。

監督はインタビューでこう答えているが、
都会の人間を馬鹿にしすぎであると同時にリアリティが無いというのは一貫性に欠けると思われる。
登場人物の頭を悪くして描く手法は適度に使うなら良いが、やり過ぎるとストーリーの没入感を妨げてしまうと感じた。

 

作品のテーマとしては家族の絆の大切さや、食料の大切さ、現代の日常に当然のようにある利便的な生活にありがたみを持てということを伝えたいのかと思ったが、少なくとも当初はそうではなかったらしい。

矢口史靖監督が語る、『サバイバルファミリー』の裏側と独自の製作スタイル「発見がなきゃつまらない」
http://realsound.jp/movie/2017/09/post-110417.html
急速にデジタル社会になっていったけど、それによって何か大事なものが、どんどん欠落していくような気がしたんです。だったら、「いっそ無くなったほうが、人は幸せになるんじゃないか?」と。そういう強引な発想がスタートでした(笑)。

まあ焦点は家族であり、色々と野暮なツッコミを入れているということは重々承知ではある。
コメディー映画なのであって厳密なポストアポカリプス的なサバイバルではないというのは予告編からもわかる。
しかしそこに重点を置いていないとはいえ、登場人物が平和ボケしすぎていてリアリティがないというのは感情移入を妨げると思う。
そして予告編ではコメディ全開なのだが、本編ではコメディとシリアスなシーンが入り乱れており、
個人的には両方が上手く噛み合ってないような気がする。
もっとコメディに全振りするかシリアスに全振りするかしてほしかった。