ロスト・エモーション(原題:Equals)

「ロストエモーション」

ロスト・エモーション [DVD]

作品データ

製作年: 2015年
監督:ドレイク・ドレマス

キャスト

役名役者名画像
サイラスニコラス・ホルト
ニアクリステン・スチュワート

解説

リドリー・スコット製作総指揮の下、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」のニコラス・ホルトと「トワイライト」シリーズのクリステン・スチュワートが共演したSFサスペンス。世界戦争によって地上の99.6%が破壊された近未来。滅亡の危機に瀕した人類は、遺伝子操作を施した感情のない人間の共同体「イコールズ」をつくった。そこで暮らす人々は保健安全局の監視下に置かれ、愛情や欲望といった感情が生まれると、「発症」したとして隔離施設へ送られ、安楽死させられる運命にあった。そんな環境下で、感情を「発症」してしまったサイラスとニアは、外の世界への脱出を決意する。日本でもロケを敢行し、世界的建築家・安藤忠雄の建築物で近未来都市の世界観をリアルに再現した。監督は「今日、キミに会えたら」のドレイク・ドレマス。ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2017」上映作品。

映画.com

 

 

レビュー

舞台は世界戦争によって地上の99.6%が破壊された近未来。人類が住める場所は2箇所のみとなった。

1つは遺伝子操作を施した感情のない人間のみで構成された共同体「イコールズ」を作り生活している。

もう1つは「イコールズ」から西にある半島である。その半島では感情や欲望を持った「欠陥者」と呼ばれる人達が住んでいる。

「イコールズ」で生活する人々が感情を発現させてしまうと

「SOS(感情制御不能症:Switched On Syndrome)」「感染」「発症」と診断され

保健安全局の管理する施設「DEN」に連行され最終的に安楽死させられるという設定だ。

 

一見ガチガチの管理社会と思いきや、監視体制が激甘なのである。

そもそも感情や欲望が無いことが前提となっているがゆえなのかもしれないが…。

まず特に誰かに見張られているわけではないし、休憩中に雑談したりもOKなのである。

感情が完全に無いのだとしたら、雑談による相手への探究心・興味といったものもアウトだろう。

さらに細かい演出にもツッコミが入ってしまう。

例えば出世願望や共同体のために仕事を頑張ろうという気力も無いはずである。

普通なら仕事への意欲は皆無と言っていいだろう。

またサイラスが会議中に「SOS」に罹っている事を打ち明けた際には、

同僚は「マグカップは別にしよう」と言っていることから周囲の人間は感染を恐れてしまっているのである。

しかも感染の危険は皆無と言われているのにも関わらずである。

その後は上司であるレナードに問題行為があると認識されているのにも関わらず口頭で注意のみ。

サイラスが出版部を辞めるということを人事担当?に報告した時にあったセリフ「出版部の仕事は人気で…」とあるが、

感情が無いのに特定の職種が人気とはこれいかに?

終盤からラストシーンにかけては列車に乗って郊外へ行き、そこから「欠陥者」の半島へ向かう予定だという。

なぜ自由に列車に乗れるのだろうか。欲望や感情が無ければ列車に乗って移動する必要は無い。

旅行等は完全に不要、どう考えても開拓や調査などの労働以外では列車を使うケースは無いのである。

そもそも感情の発現が自己申告というのはおかしい。

血液で簡単に判別出来るのだから、最初から体内に埋め込むタグに同等の機能を付ければ簡単ではないだろうか。

さらにプライバシーなど無いのだから、監視カメラを各個室などに設置すれば、

すぐに不穏分子を見つけ出せるのだが、一切設置されていないのも不自然だ。

 

一方、良かった点はコンクリート打ちっぱなしの無機質な建物と白を基調とした制服である。

これらにより、この世界の雰囲気を上手く作り出している。

そして「無感情」という特殊なシチュエーションと恋愛という真逆の要素を上手く対比させることで、

より効果的に舞台を作り上げている。

また登場人物達の「無感情」や「感情を隠している無感情」や「抑えていた感情を爆発させた」演技に関しては

違和感無く観れることが出来たのは良かった。

 

人類が種を存続させるため、争いを無くすために「感情」が悪だとされてきた世界で

「感情」を発露させてしまった主人公の「葛藤」や「感情」の大切さは考えさせられた。

 

ソイレント・グリーン SOYLENT GREEN

「ソイレント・グリーン」

ソイレント・グリーン 特別版 [DVD]

あらすじ

2022年、爆発的な人口増加と環境汚染に見舞われたニューヨーク。合成食品ソイレント・グリーンの製造会社社長が殺された事件を捜査する警官は、背後に食糧危機打開のための政府の陰謀がある事を知る……。

レビュー

1973年公開のSF映画。
舞台は2022年のニューヨーク。人口が爆発的に増えてニューヨークだけで4000万人の市民がひしめき合う。

極端な人口増加とそれに伴う食料不足などの問題が起因となり大規模な自然環境破壊がもたらされた世界。
そのため夜間外出禁止令や食料や飲料水の配給制などの極端な管理社会(ディストピア)となっているようだ。

また肝心の食料は動物も植物もほぼ壊滅状態のようで、一般市民は基本的に合成食品会社ソイレント・グリーンの合成食品しか食べることは出来ない。
「ソイレント・グリーン」「イエロー・ソイレント」「ソイレントパン」などのバリエーションがあるらしいが味は無いらしい。
前半では主人公ソーンが「本」のソル・ロスと一緒にリンゴやレタス、シチュー?のような物を食べるが、ソーンは合成食品以外の食事はこれが初めてだったようだ。

警官であるソーンはソイレント・グリーン社の社長が殺された事件を捜査していく中で「ソイレント・グリーン」の秘密を探る。

用語解説

この作品には独特な言い回しの単語がある。作品中には明確な説明は一切無い。
観ていくとわかるようにはなっているものの、序盤はよくわからないだろう。

家具その家に付属している女性のこと。
住居のオーナーの所有物で、入居者が自由に使うことができる。
文字通り家具として扱われ人間としては扱われない。
またそのような待遇は当たり前のようだ。
多くの知識を持った老人のこと。
また読み書きが出来て、なおかつ本を読み理解することが出来る知能を持っている。
上記の「家具」と同様、基本的には人間扱いではないようだ。
ホーム安楽死施設のこと。
自然が豊かな頃の映像と音楽を聞きながら安らかな眠りにつける。
交換所情報交換所のこと。
沢山の書物と「本」が集まっている。
文字通り情報を交換する場所。

人口爆発やそれに伴う急激な食料の需要の高まりと雇用問題、

科学の急激な発展速度と経済優先で自然環境を考慮しない経済活動による自然環境破壊。

1973年にこれらの問題提起を描いた作品だ。今から45年前の作品である。

さすがにあと4年ではこのような惨状にならないであろうが、遠い将来にはありえないとまでは言えない恐怖がある。

 

全編を通して色の無い、鬱屈とした希望のない雰囲気を上手く醸し出せている。

服装も華美な物は一切無く、色味もやたらと地味だ。

さらに植物がほとんど無いことで地球上はやたら暑くなっているらしいが、

登場人物はほとんどじっとりとした汗をかいており、蒸し暑さがダイレクトに伝わってくる。

このような描写から否応なしに切迫、困窮した世界を感じさせられる。

 

特にインパクトのあるシーンとして、パッケージの画像にもなっているショベルカーで人間をすくい上げて荷台へ投げ入れるというシーン。

個人一人一人を人間と思っていない様を上手く描いているといったシーンだ。

また「ホーム」と呼ばれる安楽死施設には行列が出来てしまっている。

さらに「家具」や「本」という呼称など、随所に人権を無視した描写を入れ、狂った世界設定を強調している。

 

こういった暗澹なシーンとは対照的にソーンとソルとの食事のシーンはとても美味しそうに幸せそうに食べるのである。

質素な料理とも言えないようなレベルの食事なのだ。おまけに部屋も汚く食器も簡素なプラスチック製。

しかしここまで美味しそうに見えるのは、ここに至るまでの過程で、困窮した生活感、雰囲気といったものを演出出来ているからではないだろうか。

もちろんチャールトン・ヘストンとエドワード・G・ロビンソンの演技力も大きな要因だろう。

食べ終えた時のゲップからの笑い合うシーンは

こちらまで幸福感が移ってきそうで自然と頬が緩む。

数少ない笑顔のシーンとしてはインパクトがあるシーンだ。

全編を通して食材について話した時とこの食事中のみ登場人物に笑顔がある。

またBGMの少ない映画ではあるが、ここでは陽気なBGMが流れるのもしっかりと場面を導入してくれる。


 

このような設定と描写は良いのだが、一つ気になってしまった。

植物はほぼ絶滅しかけており、さらにプランクトンも絶滅したということが後半にかけて判明する。

そうなってしまえば、もう水も食料も循環出来ず、大気(酸素)も維持出来なくてすぐに人間も絶滅するのではと思ってしまった。

 

またラストシーンでは食用人間の飼育について言及するのだが、それはありえないだろう。

「人肉が食料になれば次は食用人間の飼育だ」

既に亡くなってしまった遺体を食用へと転用するのはまだ意味がわかる。

しかし食用として飼育するにはコストがかかり過ぎるのではないだろうか。

人間が食用とするものはほとんど人間には食べられないもの(食べにくいor栄養吸収しにくいものor身体に悪影響が出るもの)を

栄養として吸収して肉や果実、種や葉といった人間が食べられる物に変換してくれるのである。

もちろんあえて人間が食べられる食べ物を飼料として使うこともある。

だがこの世界ではそんな事はやっていられないだろう。

人間が食べられる物は食用人間に与えるより、自分で食べた方が圧倒的に効率が良いからだ。

おまけに人肉を食べると病気になってしまうことも判明している。(ソイレント・グリーンを製品化出来ているのでこれはクリアしているかもしれないが)

やはりこのセリフは無い方が良かったのではないだろうか…。

 

概ね満足した映画だったのだが、ラストシーンにわずかにあるアクションシーンは素っ気ない。

不満とまではいかないが、45年前の映画とはいっても、やや淡白すぎるような気がする。

NO EXIT/ノー・イグジット (原題:Crush the Skull)

「NO EXIT/ノー・イグジット」

 

あらすじ

ブレアはアジア系男性オリーとコンビを組み、留守の家を狙って盗みをする稼業を続けてきたが、そろそろ足を洗いたいと考えていた。そんな彼女に、やはり犯罪者である兄コナーから、ある豪邸に忍び込もうという提案が届き、彼女は最後の仕事として引き受ける。コナーが仲間のライリーと忍び込もうと決めた豪邸に、彼らとブレアたちは忍び込むが、彼らの前に屋敷の家主である殺人鬼に監禁されていたという女性ビビアンが現われ……。

WOWOWオンライン

 

ジャンル

サスペンス/ミステリー

出演
役名出演者名
ブレアケイティ・サヴォイ
オリークリス・ディン
コナークリス・レィーデル
ライリーティム・チョウ
ビビアンローレン・リーダー
殺人犯ウォルター・マイケル・ボスト

レビュー

まずこの映画はジャンルとしてはサスペンスやミステリーという括りになってはいるものの、コメディ要素がやや入ってくる。
ベースとしてはサスペンスやミステリー、サイコホラーっぽいのだが、所々に笑わせようとする演出を入れてくるといった感じだ。
そして肝心のストーリーなのだが、シチュエーションとしては映画「ドントブリーズ」と似ている。

しかし公開されたのはこちらの映画の方がやや早いのでパクリというわけではない。
シチュエーションこそ似ているものの、「ドントブリーズ」はホラー・サスペンス・スリラーを突き詰めている作品となっており、
こちらはコメディと両立させているので全くの別物となっているため、単純な比較ができるものではない。
なので恐すぎるのはダメ!という人やコメディ好きはそれなりに観れる作品なのではないだろうか。
個人的には所々に入るコメディのセンスが合わなかったので、そこまでの満足感はあまり無かった。
唯一笑えたのは中盤でブレアが警察へ通報する際に「私は白人よ!」と主張した所は人種差別を皮肉っていて面白かった。

 

画面の揺れ・ズームについて

鑑賞中は何より最初に気になってしまったのが、臨場感を出すための演出なのだろうと思われるが、全編を通して常に画面の揺れが発生している。
それ自体は良いのだが、常に揺れてばかりか揺れ幅もそこそこ大きく、そこに加えて揺れながらのズームイン、ズームアウトも組み合わせてくるものだから、
目が疲れてしまい、人によっては若干酔ってしまうのではないだろうか。
ズームに関してはもう1つ気になる部分があった。
それは喋っている登場人物へのズームイン・アウトである。これは自分には理解できない。
どちらかというと序盤で多く描かれていた、決めゼリフ的な所でキュッとズームインするシーンは特にチープ感が満載であった。

 

ビビアンについて

ストーリー展開として冒頭に親子が監禁されたと思われるシーンが入る。母親は子供を守ろうとして無残にも刺されてしまう。
子供についての描写は無く、ラストシーンでその女の子がビビアンであることが明かされる。
ビビアンについてはそれだけなのである。バックボーンが描かれることもなく取って付けたようなシーンがあるだけ。

確かに殺人鬼の異常性といったものを付け加えるのには役立っているが、エンドロール前では異常性を強化するには既に手遅れ、
育てる過程での異常さをほのめかすシーンなどを随所に追加したり、他の監禁された被害者について描写するべきである。
せっかく用意した設定ならば、もっと上手く使って幅を出した方がよかったのではないだろうか。

 

地下扉の貧弱さ

また、脱出しようとオリーが地下の扉に体当たりするシーンなどがあるが、
その会った瞬間の衝撃で若干たわんでしまっているのを見ると、簡単に蹴破れそうだなと感じてしまった。
軽くても良いのだが、もう少し重く硬そうに見えるように作ってほしかった。

 

コメディだったなら

上記までに書いたような事はコメディ全開で作ってくれればそこまで気にならなかったのかもしれないが、
ベースがホラー・サスペンスのような作りなのでどうしても少し気になってしまった。

 

タイトルについて

ラストのシーンでは「クラッシュ・ザ・スカル!」と叫び、原題が画面に表示され、ビビアンの幼少期時代の映像を経てエンドロールへと移行する。
ここで原題を使うのだから、タイトルは原題のままでも良かったのではないだろうかと思う。
しかし「NO EXIT」でも作品の内容としては合致するし、英語が使われていることもあり、調べるまでは「NO EXIT」が原題だと思っていた。
むしろ「NO EXIT」の方が観終わった後も特に違和感が無く、「CRUSH THE SKULL」の方が違和感が残る。原題も「NO EXIT」でも良かったのではと思う。
というか特にタイトルについての伏線等もなく、ラストシーンの「CRUSH THE SKULL」の一言のみでタイトルを付けたのは安直過ぎやしないだろうか。
自分は英語が得意ではないので、もしかしたらそれっぽい慣用句や何かと掛けた言葉なのかもしれないが…。

 

余談

余談ではあるが、主役のアジア系男性オリーの事は俳優名を確認するまではドラマ「HEROES」に出演するジェームズ・キーソン・リーだと思っていたが、
実際はクリス・ディンという俳優とのことで、どうやら違う俳優のようだ。

 

死霊のえじき (原題:DAY OF THE DEAD)

「死霊のえじき」

スマイルBEST 死霊のえじき 完全版 [DVD]

監督 ジョージ・A・ロメロ
脚本 ジョージ・A・ロメロ

登場人物

サラ・ボウマン(ロリー・カーディル)

マシュー・ローガン博士(リチャード・リバティー)

テッド・フィッシャー(ジョン・アンプラス)

ジョン(テリー・アレクサンダー)

ウィリアム・”ビル”・マックダーモット(ジャーラス・コンロイ)

ヘンリー・ローズ大尉(ジョセフ・ピラトー)

「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド/ゾンビの誕生」(68)、「ゾンビ」(78)に続く“リビング・デッド”三部作の最終作。地球全土がゾンビで完全に埋め尽くされた近未来、巨大な地下基地では生き延びた軍部と科学者の対立が続いている。絶望的な状況の中ついに人間関係は崩壊し、基地内に多量のゾンビが流れ込んで来た……。 レビュージョージ・A・ロメロ監督のオブ・ザ・デッドシリーズ三部作の3作目となる作品。
ゾンビ映画と言えばロメロ監督を無しには語れないだろうということで、とりあえず死霊のえじきからレビュー。ゾンビ対策の研究者と、その護衛と検体捕獲をする軍人が地下基地で生き延びるものの、徐々に消耗していき13人程度になったところから始まる。
そのため基本的にはすべて地下基地内で進行するため、ゾンビ映画にありがちなど派手なアクションがあるわけではない。
むしろ終盤以外はほとんど戦闘アクションは無いのである。
ほとんどは基地内での軍部と研究者側の人間関係の対立を主に描いているため、終盤まではビジュアル的には地道な展開が続く。そして中盤辺りにサラがジョンの住処へ招待され話をする場面なのだが、ジョンは4分以上の間、ほぼ一方的に話し続けるのだ。割りと長い。
そして神の罰がどうだとか宗教的な持論を展開するジョン。ある意味対極に位置するであろう科学者としてのサラにはどれほど通じたのだろうか。
ほとんど喋らない上に通じたのかどうかわからない微妙な反応をサラがしていることもあって疑問が残った。残虐的な描写は度々あるものの、上記の長い会話シーンに加えて、ゾンビとのアクションシーンは終盤までほとんど無い。
ロメロ監督のゾンビ映画はアクションがメインではなくヒューマンドラマ(極限状態の人間関係)が見ものであると思っているので自分としては問題ない。
だが、邦題として「死霊のえじき」なんてタイトルをつけたらホラー好きやロメロ好きな人以外の普通の人はバリバリのアクション映画を期待するのではないだろうか。
これはこの邦題を付けた配給会社が悪いのではないかと思う。サラはゾンビそのものを根絶させることを目的に研究をしているが、
マッドサイエンティスト的なローガン博士は飼いならす、生きた人間をエサと見なさない方法を模索することを目的としている。
ローガン博士は飼いならす実験のため、バブと名付けたゾンビをしつけるのだが、
本を開いたりカミソリを頬へ持っていったり、ピストルの装填動作(スライドを引く)から引き金を引くなどといった動作も出来るようになっているのである。


本を開いたりカミソリを頬に持っていくなどという単純な動作ならばともかく、ピストルの装填をしてから狙って引き金を引くなんていうのは流石に複雑すぎる動作なのではと思う。
さらにはベートーヴェンの交響曲第9番を聞いて驚く?感動?しているのである。
おまけに軍服姿の男には敬礼する。ラストシーンではバブが見事ピストルをローズ大尉に命中させてしたり顔で敬礼するのだ。
これが後に「ランド・オブ・ザ・デッド」の知性を持つゾンビに繋がるのだが、正直に言ってここまでいくと個人的にはやり過ぎではという印象だ。
ゾンビ映画の第一人者であるロメロ監督がこれで良いということでこのシーンを入れたのだから受け入れはするが、やはりなんとなく違和感が残る。
余談ではあるが、バブの演技は非常に上手く、とても可愛らしくて愛着が湧くような良いキャラだったと思う。終盤にさしかかろうという辺り、ローガン博士のテープレコーダーを発見して再生するシーンでは内容がわかりにくかった。
今回は字幕で観たのだが、「これは僕の靴下だよ」、「僕が片付けた」「お行儀よくしろ」「脱げ 脱ぐんだ」「5分だけ」といった音声が流れる。
ゾンビと一緒におままごと的なお遊びをしているのか、性的な対象と見ているのか、ただ単にしつけの一貫なのか、
それとも単純にローガン博士の精神的な異常を強調したかっただけなのか、少しわかりくく感じた。少し気になる所としてオープニング時の空撮場面なのだが、1台だけ普通に走行している車があるのだ。
開始して1分ちょっとの場面、わずか数秒のシーンで動いているのはほんの一瞬なので、ほとんど気付くことは無いだろうが、気付いてしまうと冷めてしまうだろう。

また、終盤にゾンビがなだれ込んでくるシーンでは、様々なコスチュームのゾンビが現れとても面白いシーンなのだが、
1人のヘルメットをかぶった兵士らしきゾンビがズレてしまったヘルメットを素早く手で抑えるのである。
これはゾンビにあるまじき動作ではないだろうか。
ラストシーンに夢オチで省略してしまったのは惜しい。さらに脱出のシーンを含めると夢オチが3回程繰り返されてしまったのもやや不満だ。
ビジュアル的には脱出のシーンは盛り上がりのピークだとは思うのだが、予算的な問題なのだろうか…。面白かった点面白かった点としては、やはり人間関係ということで各登場人物のキャラが立っていること。
女性研究者、人柄の良いパイロットの黒人男性、情緒不安定なスペイン人男性、酒好きでスキットルを常に持っている無線特化の男性、攻撃的なリーダー的立ち位置の軍人、
対ゾンビ時にやたらとハイになっている軍人、マッドサイエンティストなど、しっかりと個性のある登場人物がいるというのは
視聴者にとって覚えやすく愛着が湧きやすい(感情移入しやすい)。
製作側にとっても物語を展開していく上で不自然にならずにイベントを起こしやすいのではないだろうか。コスプレゾンビなども見ていて面白い。兵士ゾンビやラグビーのプロテクターを付けたゾンビ、そしてバレリーナの衣装を来たゾンビはつま先立ちをして歩いていたりする。
生前の記憶が残っているという設定のこだわりを感じる。多少の遊び心もあるのだろう。ほとんどは一瞬しか写らないので何度か観る必要があるかもしれないが、何度も観る楽しみがある。
あと序盤の町中のシーンで唐突にワニが出たのにはついつい笑ってしまった。面白い。また残虐的な描写の完成度はとても高い。皮膚や血液を上手く使って不快感を与えている。
当時は失神したという人もいたらしいが、スクリーンで観るとそれほど強烈なインパクトがあったのだろう。後々のゾンビ映画に与える影響というのはスゴいと思う。
風に流される新聞でゾンビ発生時の情勢を伝えたりする手法、ゾンビを飼いならそうとする研究者、対ゾンビ戦闘でハイテンションになる軍人、噛まれた腕を切断して感染を防ぐなどといったアイデア。
これらは後世のゾンビ映画にそのまま使われていたりするものもある。
最初に挙げた風に流される新聞手法やゾンビを飼いならそうとする研究者は映画「バイオハザードシリーズ」にも登場する描写だ。
また対ゾンビ戦闘でハイテンションになる軍人やコンバットハイのようになる軍人に至ってはほとんどのゾンビ映画で登場する定番キャラクターだ。
噛まれた腕を切断して感染を防ぐという描写はドラマ「ウォーキング・デッド」で見た記憶がある。
ロメロの旧3部作も新3部作?もすべて鑑賞しているが、後世に与えた影響は大きいんだなと改めて痛感した。