ソイレント・グリーン SOYLENT GREEN

「ソイレント・グリーン」

ソイレント・グリーン 特別版 [DVD]

あらすじ

2022年、爆発的な人口増加と環境汚染に見舞われたニューヨーク。合成食品ソイレント・グリーンの製造会社社長が殺された事件を捜査する警官は、背後に食糧危機打開のための政府の陰謀がある事を知る……。

レビュー

1973年公開のSF映画。
舞台は2022年のニューヨーク。人口が爆発的に増えてニューヨークだけで4000万人の市民がひしめき合う。

極端な人口増加とそれに伴う食料不足などの問題が起因となり大規模な自然環境破壊がもたらされた世界。
そのため夜間外出禁止令や食料や飲料水の配給制などの極端な管理社会(ディストピア)となっているようだ。

また肝心の食料は動物も植物もほぼ壊滅状態のようで、一般市民は基本的に合成食品会社ソイレント・グリーンの合成食品しか食べることは出来ない。
「ソイレント・グリーン」「イエロー・ソイレント」「ソイレントパン」などのバリエーションがあるらしいが味は無いらしい。
前半では主人公ソーンが「本」のソル・ロスと一緒にリンゴやレタス、シチュー?のような物を食べるが、ソーンは合成食品以外の食事はこれが初めてだったようだ。

警官であるソーンはソイレント・グリーン社の社長が殺された事件を捜査していく中で「ソイレント・グリーン」の秘密を探る。

用語解説

この作品には独特な言い回しの単語がある。作品中には明確な説明は一切無い。
観ていくとわかるようにはなっているものの、序盤はよくわからないだろう。

家具その家に付属している女性のこと。
住居のオーナーの所有物で、入居者が自由に使うことができる。
文字通り家具として扱われ人間としては扱われない。
またそのような待遇は当たり前のようだ。
多くの知識を持った老人のこと。
また読み書きが出来て、なおかつ本を読み理解することが出来る知能を持っている。
上記の「家具」と同様、基本的には人間扱いではないようだ。
ホーム安楽死施設のこと。
自然が豊かな頃の映像と音楽を聞きながら安らかな眠りにつける。
交換所情報交換所のこと。
沢山の書物と「本」が集まっている。
文字通り情報を交換する場所。

人口爆発やそれに伴う急激な食料の需要の高まりと雇用問題、

科学の急激な発展速度と経済優先で自然環境を考慮しない経済活動による自然環境破壊。

1973年にこれらの問題提起を描いた作品だ。今から45年前の作品である。

さすがにあと4年ではこのような惨状にならないであろうが、遠い将来にはありえないとまでは言えない恐怖がある。

 

全編を通して色の無い、鬱屈とした希望のない雰囲気を上手く醸し出せている。

服装も華美な物は一切無く、色味もやたらと地味だ。

さらに植物がほとんど無いことで地球上はやたら暑くなっているらしいが、

登場人物はほとんどじっとりとした汗をかいており、蒸し暑さがダイレクトに伝わってくる。

このような描写から否応なしに切迫、困窮した世界を感じさせられる。

 

特にインパクトのあるシーンとして、パッケージの画像にもなっているショベルカーで人間をすくい上げて荷台へ投げ入れるというシーン。

個人一人一人を人間と思っていない様を上手く描いているといったシーンだ。

また「ホーム」と呼ばれる安楽死施設には行列が出来てしまっている。

さらに「家具」や「本」という呼称など、随所に人権を無視した描写を入れ、狂った世界設定を強調している。

 

こういった暗澹なシーンとは対照的にソーンとソルとの食事のシーンはとても美味しそうに幸せそうに食べるのである。

質素な料理とも言えないようなレベルの食事なのだ。おまけに部屋も汚く食器も簡素なプラスチック製。

しかしここまで美味しそうに見えるのは、ここに至るまでの過程で、困窮した生活感、雰囲気といったものを演出出来ているからではないだろうか。

もちろんチャールトン・ヘストンとエドワード・G・ロビンソンの演技力も大きな要因だろう。

食べ終えた時のゲップからの笑い合うシーンは

こちらまで幸福感が移ってきそうで自然と頬が緩む。

数少ない笑顔のシーンとしてはインパクトがあるシーンだ。

全編を通して食材について話した時とこの食事中のみ登場人物に笑顔がある。

またBGMの少ない映画ではあるが、ここでは陽気なBGMが流れるのもしっかりと場面を導入してくれる。


 

このような設定と描写は良いのだが、一つ気になってしまった。

植物はほぼ絶滅しかけており、さらにプランクトンも絶滅したということが後半にかけて判明する。

そうなってしまえば、もう水も食料も循環出来ず、大気(酸素)も維持出来なくてすぐに人間も絶滅するのではと思ってしまった。

 

またラストシーンでは食用人間の飼育について言及するのだが、それはありえないだろう。

「人肉が食料になれば次は食用人間の飼育だ」

既に亡くなってしまった遺体を食用へと転用するのはまだ意味がわかる。

しかし食用として飼育するにはコストがかかり過ぎるのではないだろうか。

人間が食用とするものはほとんど人間には食べられないもの(食べにくいor栄養吸収しにくいものor身体に悪影響が出るもの)を

栄養として吸収して肉や果実、種や葉といった人間が食べられる物に変換してくれるのである。

もちろんあえて人間が食べられる食べ物を飼料として使うこともある。

だがこの世界ではそんな事はやっていられないだろう。

人間が食べられる物は食用人間に与えるより、自分で食べた方が圧倒的に効率が良いからだ。

おまけに人肉を食べると病気になってしまうことも判明している。(ソイレント・グリーンを製品化出来ているのでこれはクリアしているかもしれないが)

やはりこのセリフは無い方が良かったのではないだろうか…。

 

概ね満足した映画だったのだが、ラストシーンにわずかにあるアクションシーンは素っ気ない。

不満とまではいかないが、45年前の映画とはいっても、やや淡白すぎるような気がする。