死霊のえじき (原題:DAY OF THE DEAD)

「死霊のえじき」

スマイルBEST 死霊のえじき 完全版 [DVD]

監督 ジョージ・A・ロメロ
脚本 ジョージ・A・ロメロ

登場人物

サラ・ボウマン(ロリー・カーディル)

マシュー・ローガン博士(リチャード・リバティー)

テッド・フィッシャー(ジョン・アンプラス)

ジョン(テリー・アレクサンダー)

ウィリアム・”ビル”・マックダーモット(ジャーラス・コンロイ)

ヘンリー・ローズ大尉(ジョセフ・ピラトー)

「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド/ゾンビの誕生」(68)、「ゾンビ」(78)に続く“リビング・デッド”三部作の最終作。地球全土がゾンビで完全に埋め尽くされた近未来、巨大な地下基地では生き延びた軍部と科学者の対立が続いている。絶望的な状況の中ついに人間関係は崩壊し、基地内に多量のゾンビが流れ込んで来た……。 レビュージョージ・A・ロメロ監督のオブ・ザ・デッドシリーズ三部作の3作目となる作品。
ゾンビ映画と言えばロメロ監督を無しには語れないだろうということで、とりあえず死霊のえじきからレビュー。ゾンビ対策の研究者と、その護衛と検体捕獲をする軍人が地下基地で生き延びるものの、徐々に消耗していき13人程度になったところから始まる。
そのため基本的にはすべて地下基地内で進行するため、ゾンビ映画にありがちなど派手なアクションがあるわけではない。
むしろ終盤以外はほとんど戦闘アクションは無いのである。
ほとんどは基地内での軍部と研究者側の人間関係の対立を主に描いているため、終盤まではビジュアル的には地道な展開が続く。そして中盤辺りにサラがジョンの住処へ招待され話をする場面なのだが、ジョンは4分以上の間、ほぼ一方的に話し続けるのだ。割りと長い。
そして神の罰がどうだとか宗教的な持論を展開するジョン。ある意味対極に位置するであろう科学者としてのサラにはどれほど通じたのだろうか。
ほとんど喋らない上に通じたのかどうかわからない微妙な反応をサラがしていることもあって疑問が残った。残虐的な描写は度々あるものの、上記の長い会話シーンに加えて、ゾンビとのアクションシーンは終盤までほとんど無い。
ロメロ監督のゾンビ映画はアクションがメインではなくヒューマンドラマ(極限状態の人間関係)が見ものであると思っているので自分としては問題ない。
だが、邦題として「死霊のえじき」なんてタイトルをつけたらホラー好きやロメロ好きな人以外の普通の人はバリバリのアクション映画を期待するのではないだろうか。
これはこの邦題を付けた配給会社が悪いのではないかと思う。サラはゾンビそのものを根絶させることを目的に研究をしているが、
マッドサイエンティスト的なローガン博士は飼いならす、生きた人間をエサと見なさない方法を模索することを目的としている。
ローガン博士は飼いならす実験のため、バブと名付けたゾンビをしつけるのだが、
本を開いたりカミソリを頬へ持っていったり、ピストルの装填動作(スライドを引く)から引き金を引くなどといった動作も出来るようになっているのである。


本を開いたりカミソリを頬に持っていくなどという単純な動作ならばともかく、ピストルの装填をしてから狙って引き金を引くなんていうのは流石に複雑すぎる動作なのではと思う。
さらにはベートーヴェンの交響曲第9番を聞いて驚く?感動?しているのである。
おまけに軍服姿の男には敬礼する。ラストシーンではバブが見事ピストルをローズ大尉に命中させてしたり顔で敬礼するのだ。
これが後に「ランド・オブ・ザ・デッド」の知性を持つゾンビに繋がるのだが、正直に言ってここまでいくと個人的にはやり過ぎではという印象だ。
ゾンビ映画の第一人者であるロメロ監督がこれで良いということでこのシーンを入れたのだから受け入れはするが、やはりなんとなく違和感が残る。
余談ではあるが、バブの演技は非常に上手く、とても可愛らしくて愛着が湧くような良いキャラだったと思う。終盤にさしかかろうという辺り、ローガン博士のテープレコーダーを発見して再生するシーンでは内容がわかりにくかった。
今回は字幕で観たのだが、「これは僕の靴下だよ」、「僕が片付けた」「お行儀よくしろ」「脱げ 脱ぐんだ」「5分だけ」といった音声が流れる。
ゾンビと一緒におままごと的なお遊びをしているのか、性的な対象と見ているのか、ただ単にしつけの一貫なのか、
それとも単純にローガン博士の精神的な異常を強調したかっただけなのか、少しわかりくく感じた。少し気になる所としてオープニング時の空撮場面なのだが、1台だけ普通に走行している車があるのだ。
開始して1分ちょっとの場面、わずか数秒のシーンで動いているのはほんの一瞬なので、ほとんど気付くことは無いだろうが、気付いてしまうと冷めてしまうだろう。

また、終盤にゾンビがなだれ込んでくるシーンでは、様々なコスチュームのゾンビが現れとても面白いシーンなのだが、
1人のヘルメットをかぶった兵士らしきゾンビがズレてしまったヘルメットを素早く手で抑えるのである。
これはゾンビにあるまじき動作ではないだろうか。
ラストシーンに夢オチで省略してしまったのは惜しい。さらに脱出のシーンを含めると夢オチが3回程繰り返されてしまったのもやや不満だ。
ビジュアル的には脱出のシーンは盛り上がりのピークだとは思うのだが、予算的な問題なのだろうか…。面白かった点面白かった点としては、やはり人間関係ということで各登場人物のキャラが立っていること。
女性研究者、人柄の良いパイロットの黒人男性、情緒不安定なスペイン人男性、酒好きでスキットルを常に持っている無線特化の男性、攻撃的なリーダー的立ち位置の軍人、
対ゾンビ時にやたらとハイになっている軍人、マッドサイエンティストなど、しっかりと個性のある登場人物がいるというのは
視聴者にとって覚えやすく愛着が湧きやすい(感情移入しやすい)。
製作側にとっても物語を展開していく上で不自然にならずにイベントを起こしやすいのではないだろうか。コスプレゾンビなども見ていて面白い。兵士ゾンビやラグビーのプロテクターを付けたゾンビ、そしてバレリーナの衣装を来たゾンビはつま先立ちをして歩いていたりする。
生前の記憶が残っているという設定のこだわりを感じる。多少の遊び心もあるのだろう。ほとんどは一瞬しか写らないので何度か観る必要があるかもしれないが、何度も観る楽しみがある。
あと序盤の町中のシーンで唐突にワニが出たのにはついつい笑ってしまった。面白い。また残虐的な描写の完成度はとても高い。皮膚や血液を上手く使って不快感を与えている。
当時は失神したという人もいたらしいが、スクリーンで観るとそれほど強烈なインパクトがあったのだろう。後々のゾンビ映画に与える影響というのはスゴいと思う。
風に流される新聞でゾンビ発生時の情勢を伝えたりする手法、ゾンビを飼いならそうとする研究者、対ゾンビ戦闘でハイテンションになる軍人、噛まれた腕を切断して感染を防ぐなどといったアイデア。
これらは後世のゾンビ映画にそのまま使われていたりするものもある。
最初に挙げた風に流される新聞手法やゾンビを飼いならそうとする研究者は映画「バイオハザードシリーズ」にも登場する描写だ。
また対ゾンビ戦闘でハイテンションになる軍人やコンバットハイのようになる軍人に至ってはほとんどのゾンビ映画で登場する定番キャラクターだ。
噛まれた腕を切断して感染を防ぐという描写はドラマ「ウォーキング・デッド」で見た記憶がある。
ロメロの旧3部作も新3部作?もすべて鑑賞しているが、後世に与えた影響は大きいんだなと改めて痛感した。

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